トゥールビヨンの歴史
時計界において無比の存在
トーマス プレシャーは、2003年ダブルアクシス トゥールビヨン搭載の懐中時計を世界で最初に発表した人物です。そして、すでにその翌年の2004年には、バーゼルワールドにおいて、世界初公開の大作を披露しました。それが、トゥールビヨン トリロジー(3部作)の中のトリプルアクシス トゥールビヨンの腕時計です。このトリロジーは、シングルアクシス、ダブルアクシス、トリプルアクシスの3つのトゥールビヨンから成っていて、世界にも例を見ないセットとして統一感を醸し出しています。基本の設計は皆同じですが、プラチナケースはそれぞれ独自の形をしています。
トゥールビヨンはすべてフライング式で、キャリッジ内にコンスタントフォース機構を使用しています。
この頃普通のトゥールビヨンは頻繁に見かけますが、フライング式はまだ珍しい存在です。また、トーマス プレシャーがキャリッジ内にコンスタントフォース機構を使用した時計を製作したのは、時計界でも希少なことです。3本の時計をプラチナケースで製作したトリロジーは10セットの限定でした。現在では、この3つのモデルは単品として受注していますし、別の素材を使用して製作することもできます。
フライング式トゥールビヨンとは?
1本の棒を頭に浮かべ、それをトゥールビヨンのキャリッジと考えてください。普通のトゥールビヨンは、その棒の上と下の端をそれぞれ手で持ったのと同じ構造になっています。例として説明すると、右手は文字板側のブリッジ、左手はムーブメント側のブリッジを表していることになります。そうすると、特に文字板側のブリッジが視界を遮って、トゥールビヨンが見えにくくなるのがおわかりいただけるでしょう。軸が1本のフライング式はどうなっているのかといいますと、棒の下の先端を親指とその他2本の指でつまんだだけの状態です。これによって、棒の、つまりフライング式トゥールビヨンの上側がよく見える状態になります。更によく見えるように、トーマス プレシャーは動力の伝達に、通常時計に使われている歯車を連ねる伝達方式ではなく、コニカルギヤを2箇所に使用した細いシャフトを使うことにしました。これで邪魔をするものがなくなって、トゥールビヨンがよく見えるわけです。 2本目の回転軸を人間の体にたとえると棒(1本目の軸)を持った人間の腕のひじから下(2本目の軸)を回すようなもので、3本目の軸の回転がどのようになるのか知りたければ、更に自分の体(3本目の軸)でも一緒に回ってみるとよいでしょう。
フライング式トゥールビヨンを製作するのは、普通のトゥールビヨンを作るより遥かに難しい作業です。しかし、できるだけ美しく、自由に動く、見やすいトゥールビヨンを作るには、フライング式の軸を持った機構にすることが不可欠です。片側しか固定されていない回転機構では特に、どの軸もお互いにうまく均衡が取れていることが大事です。2本目と3本目の軸に関して技術上更に問題であったのは、軸の重量が1グラムにも達しない軽量のものであったことです。 よりよい結果を出すには、独創的な設計が必要で、それを実現するためには時計師の技術が卓越していなければなりません。
コンスタントフォース機構
懐中時計のトゥールビヨンキャリッジは、テンプやアンクル、ガンギ車などの部品を含めても、比較的軽いように思えます。しかし、実際には、動力伝達に使える力の大きさから考えるとかなり重いものです。それに、これは自力では動かず、加速させるのも簡単ではありません。それで、複数の軸を持つトゥールビヨンのような総重量の重い機構では、脱進機からアンクルを通ってテンプに必要なトルクを素早く伝達させるのが困難なわけです。
この問題を解決するために、ガンギ車とピニオンを一旦別々にして、両方が個々に回るようにしました。そして、両者の間に小さなゼンマイを入れて、張力がかかるようにしました。また、ゼンマイが軸に巻きつかないようにピンを入れて、回転を制御するようにしました。脱進機が解除されて動力が伝達されると、比較的軽いガンギ車がこの小さなゼンマイに蓄えられた張力によって始動します。トゥールビヨンキャリッジの重い一連の歯車がそれに続いてゆっくり動き、それによってこの小さなゼンマイに再び張力が蓄えられます。このプロセスは、一秒に6回、つまりムーブの振動数と同じ3ヘルツで繰り返されます。
シンプルなトゥールビヨン
トゥールビヨンは、地球の引力から受ける影響を少なくし、精度を上げるために、1801年にアブラアン ルイ ブレゲによって懐中時計用に発明されたものです。時計が問題なく動くようにするために一番大事なことは、 懐中時計をベストのポケットに垂直に入れて、トゥールビヨンが理想的な状態で機能するようにすることでした。時計を平らに置いてしまうとすぐに、トゥールビヨンの働きは時計の動きに何の影響も及ぼさなくなってしまうからです。
ダブルアクシス 懐中時計用トゥールビヨン
1970年代に、イギリス人のA. G. ランダルという人物が2本の軸を中心として回転するトゥールビヨンを発明しました。前述の姿勢差の問題を解決するために、(実は動きを改善するという目的より どちらかというと知的挑戦の意味合いが強いのですが)彼はこの機構を大きな置時計に使用しました。
ダブルアクシス トゥールビヨンでは第2軸が文字板に対して平行に回転し、文字板上と文字板下への両方向に力がプラスに働きます。これによって、6つのどの姿勢に時計を置いた場合でもこの機構の効用があるというわけです。
2軸トゥールビヨンは、携帯用の時計に使われてこそ、その効果が発揮できるということで、トーマス プレシャーはまずそれを利用して懐中時計を製作し、後にこれを腕時計に使用することが可能かどうかを試しました。
その際、ランダルのモデルと部品の配置を同じにしてそれを縮小しただけでは使い物にならないことが判明しました。微小な機構なので、重量の配分ならびに歯車の噛み合わせの問題と摩擦の度合いの差が原因で、ランダルの大きな時計の中で使用したのとは違った結果になったのです。何しろ、新しい機構では、最小の部品の重量が0.0009グラムしかないのですから。更に、フライング トゥールビヨンを製作する意図があったので、結局トゥールビヨンは完全に一から設計し直さなければならなかったのです。
トリプルアクシス トゥールビヨン
ランダルの仕事に刺激を受けたリチャード グッドが1980年代に世界で最初に置時計に3つの軸を使ったトゥールビヨンを搭載させた後、すでにトーマス プレシャーは、そのようなトゥールビヨン機構を腕時計に応用できないかということで見習い時代のスケッチブックにメモや設計図をしたためていました。
3種類の異なったトゥールビヨンから成るセットを開発するのに、結局プレシャーの3つ目の新しい機構が必要になりました。それが、トリプルアクシス トゥールビヨンです。
懐中時計において成功したので自信を得て、プレシャーは複数軸のこの機構を更に縮小することにとりかかりしました。数々の難題を克服して、3本目の軸を1時間に一度回転するようにして、内蔵させました。長い間、このようなトゥールビヨンを作るのは無理だと言われていました。何故なら、一方では実際に使用するにはトゥールビヨンが厚くなりすぎ、他方では更に部品を増やすと今度はトルクがテンプに十分に伝わらないからです。しかし、トーマス プレシャーの完全に新しい一連の構想のおかげで、結局前述の数々の問題点はすべて解決されたのです。
これによってこのような複雑時計の意義が変化したのです。それは、動力をより効果的に伝えるための改良というよりは、むしろ「技の意志による技」という感じです。トリプルアクシス トゥールビヨンは、渦巻状に動くため、前述のシングルアクシスやダブルアクシスのものに比べてはるかに場所を取ります。視界を遮るものがないため、フライング式の3軸トゥールビヨンは、空中に浮かんでいるかのように見えます。
このようなトリプルアクシス トゥールビヨンは、時計作りの匠の技術の賜物というだけでなく、思わず見る人の目を惹きつけるような芸術作品であり、時を告げる魔法の彫刻なのです。
トゥールビヨン - フィリグリー(金銀線細工)としての作品
トゥールビヨンの製作は、時計作りの最難関の技術とされています。極端に柔軟で軽量の微小部品を使用するため、製作や組み立てには、確固としてぶれたりしない均衡の取れた手と鋭く精密な眼が必要です。 トールビヨンの製作に携わることは、時計作りの能力における最大のチャレンジの一つです。シングルアクシス トゥールビヨンの製作もそうですが、ダブルやトリプルアクシスになれば尚更です。
視覚のコンセプト
ケースのデザイン
トゥールビヨン トリロジー(3部作)の開発段階でかなり早い時期に、プレシャーは3つのそれぞれのトゥールビヨンに独自の個性的な外観を持たせることに決定しました。基本的な造形の要素をすべての時計に共通にすることで、トリロジーにおいて3つが共存しているのを強調しました。 プレシャーは、最初のスケッチの段階で、3つのトゥールビヨンが安らかな外形上の調和を醸し出すような幾何学上の基本形をいろいろ探し出すのに専念しました。彼は、そのスケッチの中からトリプルアクシス トゥールビヨンにはその希少性を表すために完全無欠を象徴する円形を、基本形であるシングルアクシス トゥールビヨンには単純性を象徴する正方形を選びました。そして、この両極端のつなぎとして、ダブルアクシス トゥールビヨンはクッション形にしました。この形は、正方形から円に変化する過渡期を表現しています。
文字板のデザイン
いわゆる「黄金分割」とは、最も美しいとされる比で形を分割するという、完璧な調和を表す自然界の幾何学から応用された数学の法則です。メインの文字板と小文字板の大きさの比に関しては、プレシャーは黄金分割の法則に則りました。時間の最小単位は秒だということで、やはり秒を表す小文字板が一番小さくなっています。分と時間を表す文字板も、黄金比の分だけ大きくなっています。こうして、時計の心臓部がのぞけるトゥールビヨンの窓は、完璧な大きさになっているのです。
プレシャーは、トゥールビヨン トリロジーの文字板用には新しいタイプのギョーシェ彫りを考案しました。クリーム色のシルバーに規則的な模様を使用して伝統的なギョーシェ彫りを施すと、あまりに古めかしくなってしまいます。そこでトリロジー用に考えたのが、正三角形を基本形とした新しい独自の手彫りのギョーシェ模様です。何度も同じ形が繰り返すことによって、光の状態が変化すると、見る者にはトゥールビヨン本体と同じように常に動いているような感じを与えます。それによって、何者にも邪魔されずに見える非常に複雑な動きをするトゥービヨンが、一層引き立ちます。
フライング トゥールビヨン
今日のほとんどのトゥールビヨンはフライング式ではなく、文字板側に固定されたブリッジに取り付けられています。しかし、そうするとたとえブリッジの外観が並外れて美しくても、ブリッジよってトゥールビヨン自体への視界が妨げられることになります。トーマス プレシャーが作ったフライング式のトゥールビヨンは、ブリッジを必要としません。そのおかげで、視界を遮るものもなく、トゥールビヨンの機構全体が見えます。更にケースの前面と背面をガラスにしたため、トゥールビヨンが発明されて以来なかなか実現できなかった視界と透明性を、トーマス プレシャーの時計は備えています。
ムーブメントの装飾
ムーブの背面の装飾を強調するにはいろいろ伝統的な形のものが考えられますが、三角形のギョーシェ模様を採用することに決定して以来、プレシャーはトリロジーには伝統模様は適さないと考えるようになりました。文字板のムーブメントの装飾の下絵を詳細に描くうちに、この両方が一緒になって統一感を生み出すような図案を考え出しました。音楽の分野からもヒントを得て、トリロジーでは文字板の三角形模様がソナタの曲のように3回変化して現れるようにしました。それで、アールデコを思わせるこの模様が、トゥールビヨンが1軸のものから3軸のものになるにつれて、より複雑な形に変化するようにしたのです。これらは、ソナタの曲でもそうであるように、対比として映えるトリプルアクシス トゥールビヨンの受け板上で、華々しさにおいて最高潮に達するのです。このようにして、それぞれ独自のムーブ装飾を持つ文字板は、一つ一つも、そして3つの集合体としても、完全に調和が取れているのです。